

労働審判制度は,平成18年4月にスタートしましたが,平成19年通年の申立件数は1,494件,同20年の申立件数は2,052件となっており,平成20年は前年より37%申立件数が増加しています。なお,同21年通年の申立件数は3,468件で前年比60%増加しています。
平成21年の申立件数の内訳は,解雇・雇止などといった「非金銭・地位確認」の請求が1,701件(49.0%),「金銭・賃金等」が1,059件(30.5%),「金銭・その他」が411件(11.9%),「金銭・退職金」が205件(5.9%),「非金銭・その他」が92件(2.7%)となっています。
なお,賃金等には解雇予告手当,残業代が含まれています。
解雇や雇止めなどの地位確認請求が49.0%,賃金・解雇予告手当・残業代・退職金の金銭請求が36.4%であり、これらを合わせると全体の85.4%を占めていることになります。
また、平成21年の労働審判の既済事件数は3,236件ですが,その内訳は,調停成立が2,200件(68.2%),労働審判が600件(18.6%),取り下げが294件(9.1%),その他が132件(4.1%)となっています。
以上からすると,労働審判では調停で終了する割合が68.2%であり,600件の労働審判のうち212件が異議申立てなく確定していますから,約75%(2,200件+212件)が労働審判で解決していることになります。労働事件では多くの事件が解決する傾向を示しています。
労働審判既済事件の期日実施回数(平成22年5月末現在)では,調停は第2回期日に成立しているものが最多(36.7%)です。
審理期間の平均は74.0日(約2.5ヵ月)で,労働審判事件については,短期に解決する傾向を示しています。
平成16年4月に労働審判法が制定され,裁判官(労働審判官)と労使専門家(労働審判員)からなる労働審判委員会が3回以内の期日で調停と審判により簡易・迅速・専門的に紛争の解決を図るため,労働審判手続きが全国の地方裁判所において平成18年4月から実施されています。
労働審判制度は,企業と個々の労働者間の権利義務に関する紛争(「個別労働関係民事事件」)を対象として調停と審判を行う手続きです。
その特徴は,次の①~⑤の通りです。
① 労働審判の手続きは,地方裁判所において,裁判官1名と労働関係の専門的な知識経験を有する者2名(労使それぞれから1人ずつ)によって構成される合議体(労働審判委員会)が行います。労使の審判員の専門的な知識経験を活かすことによって,紛争に対し,より適正妥当な判断を希求するためです。
② 労働審判手続では,原則として「3回以内の期日において,審理を終結しなければならない」として,紛争の迅速で集中的な解決が図られます(労審15条2頃)。これは,個別労働紛争が労働者の生活・生存に密着するからです。
③ 労働審判手続では,「調停の成立による解決の見込みがある場合にはこれを試み」る(同1条),として,手続きの中に調停を包み込んでいます。調停による解決が成立すれば,それは裁判上の和解と同一の効力をもちます。
④ 調停によって紛争を解決できないときは,審判が下されます。審判では,権利関係を確認したり,金銭の支払等の財産上の給付を命じたりすることができ,また,その他紛争の解決のために相当と認める事項を定めることができます。この審判を当事者が受諾すれば,紛争は解決しますが(その場合,審判は裁判上の和解と同一の効力をもちます),当事者が受諾できないときは,2週間以内に異議を申し立てるべきこととされています。(同21条1項)
⑤ 労働審判に対し,当事者から異議の申立てがあれば,労働審判は失効し,労働審判の申立てのときに遡って訴えの提起があったものとみなされます。
(1)対象となる事件
ア) 労働審判手続は「個別労働関係民事紛争」,すなわち「労働契約の存否その他の労働関係に関する事項について個々の労働者と事業主との間に生じた民事に関する紛争」を対象とすることになっています(労働審判法1条)。具体的には,解雇,雇止め,配転,出向,賃金・退職金請求権,懲戒処分,労働条件変更の拘束力などをめぐる,個々の労働者と事業主との間の権利紛争が対象となります。また,セクハラ・パワハラ等の損害賠償請求や退職強要に対する差し止め請求も対象となります。
イ) 残業代の請求は精査しなければならないので,労働審判手続にはなじまないといわれていましたが,例えば,タイムカードが一部存在すればそれに基づき推定するなどして調停・審判がなされています。
(2)申立て
労働審判は3回以内の期日で終了することになっていますが,3回以内の期日で審理を終結させるには,第1回期日を充実させる必要があります。そのために,申立書には,申立ての理由,争点,争点ごとの証拠,当事者間の交渉経緯(事案の実情の把握に必要)などを具体的に記載させるとともに,証拠書類の写しをも添付させることにしています。
(3)期日指定
第1回期日は,原則として申立がなされた日から40日以内の日が指定されます(労働審判規則13条)。申立書が送達されるまでに5日程度かかり,期日は40日より前の日が指定されます。期日の変更はほとんど認められません。また,答弁書の提出期限は,期日の7日から10日前と指定されることがほとんどです。そうなると,申立書が,事業主に送達されてから答弁書を出すまでの期間が,20日から25日程度になります。さらに,代理人(弁護士)を探すのに7日程度かかるとなると,代理人が受任してから答弁書提出まで2週間前後しかない場合も多いと思われます。2週間でゼロから証拠を集め反論するのはかなり至難の業となります。
(4)答弁書の重要性 労働審判の第1回期日で,申立書・答弁書の争点整理,書証の取調べ,関係者の審尋,心証形成後の調停まで行われることが多いと思われます。調停が不調となり審判が出ると,訴訟に移行後,その審判は重視されます。したがって,短期間で作る答弁書で事件の帰趨が決まる可能性があります。
(5)第1回期日までの準備
第1回期日にて,前記のように争点整理,証拠調べから調停まで行われることになりますので,第1回期日前に以下の準備が必要となります。
①関係人からの事情聴取,証拠の収集
②答弁書の作成,証拠の整理,証拠説明書の作成(主張,証拠を出し切ります)
③調停の話合い解決についての打ち合わせ(かなり大事です。労働審判委員会は事業主の実情がわからず的確な調停案を提示できない場合があります)
④審尋(証人尋問)のリハーサル
以上のような,通常訴訟では半年から1年かかることを,労働審判では2週間で行うことになります。
(6)第1回期日の一般的な進行スケジュール
第1回期日では以下のように進行します。
①争点整理(主張のポイントの整理,不十分な主張の補充)
②書証の取調べ
③審尋(関係人に対し,裁判官,場合によっては労働審判員から質問がなされます)
※場合により,代理人に質問の機会があります。
<審尋の注意点>
審判官に矢継ぎ早に質問されますので,早とちりで予想外の答えをしてしまうおそれもあります。メモは見ることができません。審尋の過程で,審判官の質問の内容や様子などから,その心証がそこはかとなく見えてくることがあります。
<調停の注意点>
審尋終了後に,当事者を退席させて労働審判委員会の評議が行われ,調停案等の準備がなされます。
調停は,申立人,相手方が別々に審判廷に呼ばれ,労働審判委員会が調整をするという形式が取られることが多くあります。審尋と調停の間や調停で労働側が呼ばれている間は時間があるので,審判官の心証を探りつつ調停の打ち合わせをすることになります。調停で審判官からいろいろな調停案を示されたら席を外して打ち合わせをしても可能です。調停案に双方が同意すれば,調停が成立し事件解決となります。
調停が成立しない場合は,2回目以降の期日指定と“宿題”が言い渡されます。“宿題”とは,出頭できなかった関係人の出頭確保,提出を求められた証拠や補充書面の提出,調停案の検討などです。所要時間は2時間程度となります。
(7)第2回期日以降(約2~3週間後)
第2回期日は,第1回期日から約2~3週間後となります。第2回期日以降は,新たな主張の追加は認められませんが,追加の審尋,調停作業の継続がされます。
調停がまとまらないと労働審判の言渡しとなります。審判の言渡しは実務上は口頭告知がかなり多数を占めています。審判の告知を受けた日から2週間以内に裁判所に異議申立てができます(労働審判法21条1項)。異議申立てがあると,労働審判手続きの継続していた裁判所に訴え提起があったとみなされます(同22条1項)
(1)企業の関わり方
労働審判手続の申立ては,今後も増加することが予想されます。そうなると,企業は解雇・雇止め,賃金・解雇予告手当・残業代・退職金などの労働問題が発生すれば,当然のように労働審判の申立てがなされる可能性があることを認識しておかなければなりません。
前述のように,労働審判では,短期間で作る答弁書や証拠で事件の帰趨が決まる可能性があります。このような重要な答弁書や証拠を20日程度でゼロから完璧なものにするのはかなり大変です。
ですから,企業は,労働問題が生じるような場合は,その時点で少なくとも証拠となりうるものを収拾して保管しておく,関係者の報告書を準備しておくなどの必要があります。また,少なくとも社会保険労務士を顧問に迎え,常日頃からコンプライアンスに心掛ける必要があります。
また,できれば労働問題について使用者側代理人としての経験がある弁護士を顧問にしておけば,労働問題が発生する度に労働審判を視野に入れた証拠収集作業ができるので,いざというときに助かります。
(2)弁護士の関わり方
弁護士は,顧問弁護士であれば,顧問先企業の労使トラブルを防ぐために対策を講じるとともに,トラブルが発生したときは労働審判に至る可能性も見据えて証拠の収集を企業に依頼することになります。また,労働審判の申立書が届き次第,関係人から事情を聞き,証拠の整理,答弁書の作成,審尋対策,調停対策を行います。
株式会社Aは,正社員15名のパーティー用の服の製造販売会社であったが,景気の低迷で,平成21年には売上が20%以上落ち込み,同社社長Bは,同年10月に基本給を当面10%カットすることにしてそれを実行した。しかし,平成22年になっても市場が回復せず,A社は,従業員Cを,同年3月末日をもって解雇した。ところが,裁判所から,同年5月17日にCのA社に対する労働審判申立書が届いた。内容は,CがA社に対し労働契約上の権利を有することの確認,平成22年4月以降の月30万円の賃金の支払い,平成21年10月から22年3月までのカットした賃金18万円の支払いを求めるものであった。B社長は,直接弁護士の知り合いがいなかったが,知人の紹介である弁護士を訪ねたが,労働問題は専門でないと断られるなどして,ようやく1週間経た5月24日に,使用者側の労働問題を専門としているD弁護士を訪ねて相談することになった。
(5月24日 D弁護士事務所にて)
初めまして。よろしくお願いいたします。私は,A社の社長ですが,今回解雇した従業員が労働審判の申立をしてきました。びっくりしました。とにかく弁護士の先生を探さなければいけないと思っていましたが,知り合いの弁護士もおりませんで,また,知人に紹介してもらった弁護士が労働問題に詳しくないということで,先生にたどり着くまで1週間ほど経ってしまいました。
それは大変でしたね。まず,裁判所から送られてきた書類を見せてください。
裁判所からは,「期日呼出状及び答弁書催告状」がきています(
別紙)。
裁判所に出頭する期日は,6月18日で,答弁書の提出期限は,6月9日までとなっていますね。答弁書を出すまでに,2週間程度しかありません。これはかなりハードスケジュールです。
労働審判の期日や答弁書の提出期限は一体どのように決まるのですか。先生もお忙しいでしょうから,裁判所に頼んで変更してもらうことはできないのですか。
第1回期日は,原則として申立てがなされた日から40日以内の日が指定されます。しかし,申立てがなされてから相手方に申立書が送達されるまでに5日程度かりますし,期日は,審判官と労働審判員との日程調整が入るため,40日より前の日が指定されます。また,答弁書の提出期限は,第1回期日の7日前から10日前と指定されることが多いです。ですから,申立書が届いてから答弁書提出までは,25日前後しかありません。弁護士探しに1週間程度かかってしまうと,弁護士に依頼してから答弁書を提出するまで2週間程度しかないという状態になります。しかも,第1回期日の変更はほとんど認められません。
それなら第1回期日に答弁書を出す期日の変更はできますか。
答弁書の提出期限については,若干融通が利くようです。しかし,第1回期日の数日前には出しておかないと,審判官や審判員が当方の主張を読むことができないことになるので注意が必要です。しかも,答弁書は,労働審判においては重要な位置を占めるので全力投球で作成しなければなりません。
重要な位置を占めるとはどういうことですか。
第1回期日で,申立書と答弁書の争点整理,書証の調べ,関係者の審尋いわゆる証人調べを経て労働委員会の心証が形成され,調停が行われます。その後,反論は期日に口頭で行うのが原則となるので,補充書面は出すとしても簡潔なものとなります。しかも調停が不調となり審判が出ると,それは訴訟へ移行した場合に重視されます。したがって,短期間で作る答弁書で事件の帰趨が決まります。

そんなに重要なことが2週間あまりで作る答弁書によって決まるなんて・・・。答弁書以外に準備することはあるのでしょうか。
第1回期日までに提出する書面としては,答弁書,書証,証拠説明書があります。答弁書とは,申立書に対する反論と当方の主張を具体的に記載した書面です。そして答弁書の反論主張を裏付けるものとして書証を提出する必要があります。さらに,書証が,何を立証しようとしているのかを明らかにする書面として証拠説明書というものを出す必要があります。
反論だけ出せばいいと思っていました。
審判は,申立人と相手の主張を証拠に照らして判断していきます。また,証拠はそれ自体ではなにを立証するものかわからないので,証拠説明書も必要となります。
わかりました。反論のための資料とそれに関係する書類は準備します。これさえ準備すればいいのですね。
いいえ。第1回期日では,審尋といういわゆる証人調べがあります。ですから,第1回期日に審尋の対象となる関係者を選定し,できれば尋問の準備,リハーサルもしたいと思います。さらに,第1回期日では,調停つまり話し合いも行われるので,その打合せもしなければなりません。
頭が痛くなってきました。2~3週間でそこまでしなければならないのですか・・・

まず,今日は,社長から事情をお聞きし,次回の打ち合わせでお持ちいただく証拠も確認しましょう。
―というわけで,景気の低迷もあり,やむなく,平成21年10月には,従業員の賃金を10%カットしました。また,その後も景気が低迷し,やむなく今年(平成22年)3月末をもって,Cを解雇しました。
申立書では,社長が同意を得ずに賃金カットをしたとなっていますが,賃金カットについては,従業員の同意は得ましたか。
朝礼で話をしたところ,特に異論は出なかったので・・・
労働条件を変更するには,労働者の同意を得るのが原則です。しかも後日同意の有無の争いを防ぐために,書面で同意を得ておくべきです。
賃金カットの同意の有無について争いとなり,同意書のようなものがない場合は,労働審判ではどうなりますか。
一概には言えませんが,賃金カットという労働者に対する重大な不利益行為については,労働者が簡単には納得しないであろうと推測されるので,書面で同意を取る程度にしておかないと労働者の同意はなかったと推認される可能性が高いと思います。
何か手だてはありませんか。
社内メール等で賃金カットについて告知し同意を得たりしてはいませんか。
調べてみます。
賃金カットに併せて賃金規定の変更等はしていませんか。
していません。
社長のお話ですと,会社の経営の必要上Cを解雇したことになるので,本件は整理解雇に当たります。整理解雇については,4つの要素からその有効性が判断されます。それは,①人員削減の必要性②整理解雇選択の必要性③被解雇者選択の妥当性④手続きの妥当性の4つです。
整理解雇が有効となるには,4つの要素の検討が必要ということは知りませんでした。大丈夫かな・・・。不安になってきました。
具体的にお聞きしていきます。4つの要素がうまくそろっている場合もありますから・・。
人員削減の必要性つまり,経営不振などによる人員削減の企業経営上の必要性の検討をしましょう。御社は経営不振は,決算書上裏付けられていますか。
平成20年のリーマンショック以降急速に売上が落ち込みました。今年になってからも売上の落ち込みは継続しています。
御社の決算期はいつですか。
9月末です。
では,次回,平成19年,20年,21年の決算書をお持ちください。また,平成21年10月以降の試算表もお持ち下さい。試算表が必要となるのは,平成21年10月に基本給のカット,その後22年3月に整理解雇をしているので,21年10月以降の売上の推移なども証拠として必要になるからです。
わかりました。
次に整理解雇の必要性,つまり整理解雇を回避する努力をしたのか否かについてお聞きします。御社は,整理解雇の前に,配置転換や希望退職の募集等はしていますか。
うちのような零細企業は,配置転換などすることができません。希望退職の募集などすると,従業員に大きな動揺を与え,むしろ有能なデザイナーが辞めてしまうおそれがあり,やっていけなくなります。ですから,営業成績の悪いCに自発的な退職を求めたのです。しかし,Cがそれを拒否したのでやむなく解雇したのです。
アルバイトを解雇したり,新規採用をやめたりしていますか。
アルバイトは4名いましたが,昨年末に全員辞めてもらいました。新規採用もしておりません。ただ,4月以降に,アルバイト1名を雇いました。それは,アルバイトのしていた商品の発送を正社員に兼務してもらっていたのですが,どうしても商品発送の人手が足りなくなったからです。
では,被解雇者選択の妥当性つまり被解雇者の選択について合理的な基準が設定されてそれを公正に適用したのかどうかについてお聞きします。Cは営業成績が悪かったということでしたが,それが客観的にわかる資料はあるのですか。
当社の営業は7名おります。7名については,毎月各人の売上が出るようになっており,それが賞与の基準にもなっています。それを見れば,Cの成績が一番悪いことははっきりします。
では,次回その資料をお持ち下さい。Cの勤務態度はどうですか。欠勤が多いとか遅刻が多いとか・・・。
遅刻や欠勤が特に多いということはありません。
最後に,手続きの妥当性ですが,整理解雇の必要性について従業員に説明していましたか,していたとしてどのような説明をしていましたか。
当社は,毎週月曜に当社は全体朝礼を行います。その中で当社の売上が落ちてきていることは話をしています。
Cに対してはどうですか。
Cには,解雇の際に,個別に,当社の売上が落ち込んでいること,Cの成績が営業マンの中で一番悪いことは説明しました。
Cはなんと言っていましたか。
平成20年までは,Cは営業マンの中で売上上位の社員でした。本人は,たまたま自分の担当の取引先の取引量が減ってきただけで自分のせいではないと言っていました。自分は,家族もいるし,50歳なので他に再就職もできない。ひどすぎると言っていました。
社長はどのように返答なさったのですか。
他の社員も既存の取引先の取引量が減ってきたので,新たな取引先を見つけてくるなど努力をしているが,Cはそのような努力をしていない。退職金も通常の退職金に5割上乗せすると話をしました。
大筋はわかりました。それでは,申立書に沿ってさらに細かくお聞きしていきます。今後の流れとしては,6月2日に再度ご来所いただき,答弁書についての打ち合わせを行います。答弁書を提出後の6月14日に,審尋や調停つまり話し合いの対策を社長と行いたいと思います。
わかりました。

(6月14日・D弁護士事務所にて)
お忙しいところご来所いただき助かります。今日は,審尋と調停について協議したいと思います。
第1回期日の手続きは具体的にどのように進められるのですか。
第1回期日では,まず,①争点や証拠の整理つまり申立書や答弁書の主張,提出した証拠の調べや不十分な主張や証拠があればその説明や補充が求められることになります。次に,②審尋つまり当事者や関係人から事情聞く証拠調べがあります。その後,③調停つまり話合いが行われます。
争点や証拠の整理はどのように進められるのですか。
審判官である裁判官が当事者に争点や証拠の確認,補充説明を求めるといった形式で進められます。本件では,賃金カットについてCの同意があったのか,整理解雇の有効性を判断する4つの要素が争点です。
審尋はどのように進められるのですか。
一般的には,審判官が当事者や事件に関係する関係人に質問をし,次に審判員が質問をするという形になります。場合によっては,代理人に事実上の反対尋問を許してもらえることもあります。審判官の質問はかなり矢継ぎ早になされますので,落ち着いて対応することと事前に答弁書を読んでおくことをお勧めします。
大変ですね・・。どんなことが聞かれますか。
まず,賃金カットについてのCの同意の有無については,Cから書面による同意を得ていないのでCの同意があったとはいえないのではないかということについて質問が出ると思います。
書面よる同意は得ていませんが,社内メールでCは,賃金カットはいつまで続くのか私に聞いてきています。その際,私が,1年を目処に,その後賃金カットを続けるか検討すると言ったところ,それでは困るとメールで返信してきました。私は少なくとも1年程度の賃金カットをCは了解しているのだと思いました。
審判官に聞かれたらそのことを審判官に話してください。次に,整理解雇については,人員削減の必要性ですが,資料を見ると社長の報酬は高いようですが。この点を聞かれるかもしれません。
報酬は数年前にかなり景気の良いときがあってそのときにかなりの報酬を得ていたので,ここ2年で30%ほどカットしたのですが,まだそれなりの金額になっています。私も個人で銀行借入をして,それを会社の事業資金として貸し付けていたことがあり,その返済もかなりの金額になっており,手取りは,部長クラスと同程度になっています。
審判官からこの点を聞かれたらそのような説明をしてください。
他に審判官から聞かれそうなところはありますか。
ひとまず答弁書をお読みになっておいてください。前回の打ち合わせ内容に沿って詳しく書いてあります。Cに対する整理解雇の説明や解雇通知は,B社長一人が行ったのですか。
当社は小さな会社なので,私一人でやりました。
わかりました。Cに対し他に対応した人がいるのであれば,関係人として審判に出席してもらう可能性があったのですが,そのようなこともないようですね。ところで今日は,審尋の後の調停について打ち合わせたいと考えています。
調停とは話し合いでしょう。私は間違ったことをしたつもりはありません。話合いではなく,審判で結論を出せばいいのではないでしょうか。
調停は,労働委員会が審尋等を経て心証を形成した後になされるのが通常です。したがって,労働審判委員会の調停案は,調停が成立しない場合の審判と同じようなものになります。むしろ,調停案の方が審判より使用者側に有利な場合もあります。しかも,調停が不成立となった後の審判は,審判に異議が申し立てられ,その後に通常訴訟に移行したのちの和解案や判決に重大な影響を与えます。通常訴訟では,審判が尊重されるといえます。したがって,労働審判委員会の調停は,軽視することができません。
私は,以前に,簡易裁判所で民事調停を経験していますが,労働審判の調停はそれとかなり違うのですね。
そのとおりです。むしろ,こちらから積極的に調停案を出すということも考えた方が良い場合もあります。
どうしたらいいでしょうか。
まず,賃金カットについてCの同意を得ていたか否かという点はかなり微妙です。審判官の心証が,同意を得ていないという場合には,元の賃金をベースに調停案を作成する必要が生じます。整理解雇については,労働審判委員会の心証が「整理解雇有効」の方向なら,昨年10月から今年3月までの賃金,解雇予告手当についてカット分の上乗せが調停案の骨子となります。仮に,整理解雇について,労働委員会の心証が「整理解雇無効」の方向であると,調停日までの賃金相当額の支払いは覚悟しなければなりません。また,Cにどうしても退職して欲しいと言うことであれば金銭的な上乗せも必要となるでしょう。
どの程度上乗せを考えればいいのでしょうか。
社長は,Cと解雇直前に話をしたようですが,Cから条件のようなものは出なかったのですか。
息子さんが来年3月に大学を卒業するので大変だといっていました。そこまでは面倒見てくれないかといっていました。
解雇が無効となれば,その辺りが話合いのポイントになるかもしれません。それでは,今日の打ち合わせはこれで終わりにしましょう。6月18日午前10時30分から労働審判の第1回期日が開かれますから,10分前までに,着くようにしておいてください。

(6月18日 第1回期日:書記官に申立人相手方双方が審判廷に入るように求められる)

審判官,Cさんは去年の10月以降合同労組Xに相談していました。そこで,今回Xの委員長を関係人として審判廷に入れたいのですが,よろしいでしょうか。
Cさんが誰に相談していたか否かは本件に関わりません。必要であればCさん自身の口で話をしてもらえばいいのではないでしょうか。A社の代理人はどのようにお考えですか。
Cさんが合同労組Xに相談していたというのは初耳です。労働審判に,相談相手の方の同席は不要だと思います。
それではXの委員長を関係人としての出席させることは認めないことにします。本件の主要な争点は賃金カットの同意の有無と整理解雇の有効性ということでよろしいでしょうか。それでは,Cさんの側で答弁書についてなにか反論がございますか。
まず賃金カットについては,メールのやりとりはあくまで賃金カットの交渉過程を示すものに過ぎず,これをもって賃金カットにCさんが同意したとはいえません。整理解雇については,希望退職の募集をデザイナーではなく営業職に限って行うこともできたと思いますので,これをしていない点で解雇回避努力義務が尽くされていないと思います。また,Cさんの成績が悪いのは,ここ数年のことであり,またCさんの顧客がたまたま経営不振になった会社が多かったという特殊事情によるものであり,被解雇者選定にも問題があります。またB社長からはその点について明確な回答を得られていません。A社の説明は不十分だといえます。
Cさん,賃金カットについてあなたは同意していないのですか。
同意していません。
B社長,賃金カットについて書面等で同意を取っていなかったのですか。
書面で同意は取っていませんが,朝礼で話をしたところCさんを含め誰からも異論が出ませんでした。メールでもCさんは,賃金カット自体には同意していました。
メールは,B社長が賃金カットを1年は継続したいと言っているのをCが困ると言っているのであって,1年の賃金カットはCも認めていたということにはならないのではないでしょうか。
朝礼で話したところ異議が出ませんでした。
賃金という重要な事項については,異議が朝礼で出なかったからといって直ちにそのカットについて了解していたとまでいえるか疑問があります。では,整理解雇の点に移りますが,社長の報酬が減額されているとはいえ高いように思えますが,その点はいかがですか。
ここ2年で30%ほどカットました。私も個人で銀行借入をしてそれを会社の事業資金として貸し付けていたことがあり,その返済もかなりの金額になっており,手取りは,部長クラスと同程度になっています。
B社長は,現在手取り月60万円ですが,そのうち金融機関への返済が20万円を占めており,個人の住宅ローンもまだ月15万円ほど返済しており,実質手取額は25万円程度になります。
希望退職の募集を行っていませんがこれはなぜですか。営業職だけでも行うことはできなかったのですか。
当社のような中小企業では,希望退職など募集すると,社員に大きな動揺を与えるとともに,優秀な社員から辞めてしまい,事業継続ができなくなるおそれがあります。営業職でも優秀な社員はおります。辞めてもらっては困ります。
A社では,賃金カットをしたり,アルバイトの雇止めをしたりしてリストラが進んでいたので,従業員はかなり神経質になっていたと思います。希望退職をしなかったから解雇回避努力義務をしていないとは言えないと思います。また,B社長は,Cさんの解雇前にCさんに対し退職を勧奨しています。
整理解雇の有効性は,総合的な判断なので,希望退職の募集をしなかったというだけで整理解雇が無効になるわけではありません。では,Cさんをなぜ解雇の対象者としたのでしょうか。
当社の営業社員は7名おります。7名については,毎月各人の売上が出るようになっており,それが賞与の基準にもなっています。それを見れば,Cさんの成績が一番悪いことははっきりします。
数年前まで,Cさんは営業成績が良かったのですか。
はい。
Cさんの営業成績が落ちたのは,たまたま取引先が経営不振であったということはないのですか。
他の取引先も多かれ少なかれこのご時世で経営不振と言えます。他の営業社員は,一生懸命顧客廻りをして営業成績を維持するようにしています。しかし,Cさんはそのような努力をしていません。
証拠として営業社員の日報を出しております。Cさん以外の営業社員は顧客訪問を多くしていますが,Cさんがそれを怠っていたことはそれから明らかです。
Cさんはどうですか。
社内で電話をかけるなどして顧客との連絡は密に取っています。
あまり直接訪問はしていなかったのですね。
そのとおりです。しかし,私のようなベテランになれば,直接訪問をしなくとも顧客と関係は維持できます。
通常の対策で顧客を維持できないなら訪問することを考えても良かったのではないでしょうか。
(その後も審判官から当事者への審尋が続く)
それでは,審判員の皆さん,何か当事者に質問がありますか。・・・特にないようですので,これから評議を行います。当事者は廊下でお待ちください。

(廊下にて)
審判委員会はどのような判断をするのでしょうか。
おそらく,審判委員会は,賃金カットについてはCさんの同意について厳しい判断をしているのではないでしょうか。整理解雇については,有効か無効かはっきりいずれと判断しているのかわかりませんでした。
では調停案はどのような案になりますか。
まず,解雇日までのカット分の賃金は支払うようになるでしょう。次に,整理解雇についてですが,審判委員会の出方を見ましょう。整理解雇が有効なら,解雇以降の賃金の支払いについては何も言わないはずです。無効の可能性があるなら解雇以降の賃金の支払いについて求めてくると思います。

(審判官から相手方のB社長及びD弁護士のみ入廷するように求められる)
社長の会社の経営状況が悪いのはよくわかります。またCさんを解雇する社長の気持ちもわかります。しかし,賃金カットについてはCさんの同意を得ていたというのは難しいと思います。また,整理解雇についても,希望退職の募集をしていなかった点が気になります。そこで平成21年10月から平成22年3月までのカット分の賃金18万円に,1ヵ月分の賃金30万円分を上乗せして支払うつもりはありませんか。また整理解雇を撤回し合意退職として欲しい。
希望退職の募集はやはり零細企業では難しいのですが・・・
廊下で少し社長と話し合ってよいですか。
どうぞ。

(廊下での話し合い)
審判委員会としては,賃金カットは有効ではないという判断だと思います。しかし,整理解雇については,微妙な言い回しをしていました。とにかく解決のために1ヵ月分の賃金を上乗せして欲しいということだと思います。
Cさんについては,来年3月まで子供費用がかかるので,最大そこまで何らかの手当をしなければならないかと思っていたので,2ヵ月なら大丈夫です。しかし,2ヵ月でも,ごねたら賃金がもらえるというのは,残った社員に対し影響が出そうで・・・
わかりました。それでは,調停条項に,口外禁止条項つまり調停事項を口外しないようにする条項を入れるようにしましょう。
(審判廷に戻る)
審判官の提案をお受けします。ただし,1ヵ月分でも賃金相当額を支払うことは残った社員への影響もあるので,口外禁止条項をつけて欲しい。
わかりました。それでは,申立人側に聞いてみます。
(相手方に代わり申立人側が審判廷に入る。その後申立人側も審判廷に入るようにいわれる)
調停が成立しました。それでは調停条項を読み上げます。・・・。
(調停成立後,廊下にて)
今日はどうもありがとうございました。1回で終わるとは思いませんでした。
おそらく,整理解雇については有効となる可能性があることを審判官が申立人に話し,説得したのではないでしょうか。だから1回で終わったのだと思います。
本当にありがとうございました。
